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抱きしめる

再び、二男の話。

二男は幼い頃、完全に「今」を生きていた。そのため、「明日」とか「一週間後」とかいう概念を全く理解しなかった。それは本当は正しい感覚なのであろう。「明日」も「一週間後」も実在しないのだから。けれども、社会生活をしていると、どうしてもそのような概念を必要とするときがある。

あるとき私が、海外に行くためにどうしても10日ばかりうちを空けなければならないときがあった。父親も祖父母もいるから、大丈夫だろうとは思ったが、彼に「10日後に帰ってくる」ということをどうしても説明できなかったので、それが気がかりだった。うちを出るとき、彼は、私が毎日出かけるときと全く同じように屈託のない笑顔で私を送り出してくれた。きっといつものように私がすぐ帰ってくると信じていたに違いない。

私がいない間、はじめの頃は彼はいつもと同じように楽しげに遊んでいたが、次第に、おねしょをするようになったと言う。そして、私が帰ってこないことに絶望し、ついに私に捨てられたのだと思い込んでしまった。

私が帰宅すると、彼は私を見て火がついたように泣き出した。私が抱きしめようとすると、激しく抵抗し、恨みに満ちた目で私を睨んだ。彼があまりにひどく嫌がるので、周りの人間は皆私に、やめろ、可哀想じゃないか、少し落ち着いてからにしろ、と諭した。でも、私は彼をここで放したらおしまいだと感じたのである。ここで、彼を放したら、彼の心の傷は決して癒せない、と。私は嫌がり泣き叫ぶ彼を渾身の力を込めてずっと抱きしめていた。そのうち、彼の泣き声は少しずつ静かになり、やがて止んだ。

そのあと、彼はけろっとして、再びいつもの明るく楽しげな様子に戻った。

私にもこんなふうに抱きしめてほしい人がいる。私がどんなに抵抗しても、抱きしめてほしい人がいる。

2004.3.17

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