月○○○様

  11月10日の夜変な夢を見ました。誰かに14日の新聞を見せられたのですが、「13日に交通事故があって、同乗していた塩田今日子さんが死亡しました。」と書いてあるのです。夢の中で私はその小さくて窮屈な車に乗ってどこかに行くつもりだったので、この記事はこの車に乗るな、という意味なのかなと思いました。でもそんな記事を見て怖じ気づいて乗らないのも変だ、それでも敢えて乗って何もないようにすればいいじゃないかと思ったり、あるいはかつての天からのメッセージのように、私に死ねと言っているのだろうか、と思ってみたり、でも、私はあなたに会わずに死ぬのは絶対にいやだったので、私は夢の中で嫌だ嫌だと言って泣きました。
  起きてからいろいろ考えてみたのですが、これは肉体的に死ねという意味なのではなくて、私が持っている何かの限界を壊せという意味なのだろう、という結論に達しました。私が何かの限界を持っているとすればそれは大学の中においてです。回りに合わせようとどこかで自分の体裁を繕っていて、本当の自分を出していないからです。夢に出てきた小さくて窮屈な車は大学のことであるような気もしました。けれどもそれに乗っていては事故死してしまうからと車を降りてしまう(大学を辞めてしまう)のではなく、車に乗ったまま、私の力で事故にならないようにすることができないだろうか、とも思いました。車を降りる(辞めてしまう)のは簡単なことですが、それでは何の解決にもならないような気がしたのです。
  ともかく13日にはある会議があって、私が来年度から韓国語に加えて言語学と比較言語学の科目を担当することになるかどうかが決まることになっていたので、そのことと何か関係があるのかもしれないと思いました。(私がその二科目を担当することになれば、私の教える学生の数は格段に増えることになりますが、そんなものを受け持って実際にちゃんと講義ができるのだろうか、という不安もありました。何しろ初めてのことなので。)
  さて、問題の13日に実際に起きたのは交通事故でした。柏の駅から大学までいつもタクシーに乗っているのです。その日ばかりはタクシーはやめてバスで行こうか、とちらっと思いましたが、やっぱりいいやと他の先生と相乗りでタクシーに乗ってしまいました。ところが運転手が新米で道を知らず、運転もあまり上手ではないので、ちょっと嫌な感じがしていたのですが、やっぱり大学の入り口のカーブで中央線を越えてしまい、前から来たタクシーとがちゃんとやってしまいました。車はかなり壊れましたが乗っていた人に怪我はありませんでした。何だか私のせいで事故が起きたような気がして申し訳ない気持ちになりました。
  会議の方は実にすんなりと決まって、何の波乱もありませんでした。かなりの災難になるかもしれなかったものが、軽く済んでくれたということなのでしょうか。とにかく体当たりしてみれば困難も以外と簡単に切り抜けられるのかも知れません。韓国人の先生に言わせれば、死ぬ夢というのは出世することなのだそうです。
  それから言語学の講義をどのようにしたらよいか、いろいろ考えてみました。今の私は、細かい分析に走って全体を見失ってしまうような従来の言語学のやり方には納得できないのですが、ではいったいどうしたらよいのか、と聞かれれば、はっきり答えが出ているわけではありません。私にしゃべらせたいようにしゃべらせておけば、言語学とは一見全く関係のない話になってしまうことでしょう。
  いったいこれからの大学教育とはどのようであるべきなのでしょうか。部分的な知識にとらわれた学者や大学などいらないと言って何もかも全部ぶち壊してしまえばいい、というものでもないような気がします。そんなやり方では社会の変革などできるはずがありません。大学をもっと創造的で生き生きとした、本当に存在価値のある場にするには、どのような創造的破壊をすればよいのでしょうか。これから私は手探りでその道を探し当てていかなければなりません。
  あなただったら何と言うだろう、と私はよく思います。こんなときあなただったら何と答えるだろう?こんなとき、あなたがそばにいてくれたら、いったい何と言ってくれるだろうか・・・
  以前あなたが大学に来たとき、私はあなたに「授業見学お断り」と言いましたね。あれはあなたが見ていたらおろおろしてしまって授業などできない、と思ったからなのですが、でもそれ以外に、私がいいかげんにやっていることを見せるのが恥ずかしい、という理由もあったのかもしれません。これからはあなたに見られても恥ずかしくないような正直な授業をしたいです。(あなたがいたらおろおろするのは同じでしょうが、すべての学生があなたのことを知っているので、きっと学生も理解してくれるでしょう。)

         11月14日
                       今日子

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