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Sun&Moonの日記2004/5
2004年05月31日 02時37分41秒 不眠
確かに蒸し暑くて寝苦しい夜ではあるが、原因はそれだけではない。
何かが極度の興奮状態にある。
少しでも自分を許すと何かをしでかしてしまいそうな者が、必死で自分を抑えつけている?
まあ、いずれは疲れ切って、抑え切れなくなるだけ。
無駄な抵抗ですな。
2004年05月29日 14時32分45秒 Everything is alright.
何かとても中途半端な感じがした。
行き詰まっているような、しかし何かの変化の過程のような…
でも、息子のエネルギーに触れると、
"Everything is alright."
という気がしてくるから不思議だ。
とてもありがたい息子である。
2004年05月29日 10時11分11秒 ささいなこと
イカと菓子を買おうとしたが、高すぎると怒って値切っている夢を見た。
実はとんでもなく安かった。
きっとあまりにもつまらない数字を気にしすぎ…
2004年05月28日 22時17分41秒 ただし…
どんなに殴っても、刀で切っても、銃で撃っても、あなたは私を殺せない。
逮捕して死刑にしても私は死なない。
あなたが私を殺せる武器はただひとつ。
2004年05月28日 08時29分49秒
世の中の人殺しが止まないのは、あなたが私を殺さないからだ。
2004年05月26日 10時53分32秒 本当の改革者
何かを改革しようとする者には、そのすべてをぶち壊す覚悟がなければならない。
「壊したくないから改革するのであって、壊れてしまえば元も子もない」などと言っているうちは、改革などできるわけがない。
自分もすべてを失う覚悟がなければ、決して本当の改革はできない。

けれども、不思議なことに…
すべてを破壊し、すべてを失う覚悟で行えば、それは壊れることがないのである。
ただ、「生まれ変わる」だけ。
一見すると、それは別物のように見えるかもしれないが、よく見れば確かにそれである。

壊れたのは偽の部分、ただの仮面であった。
本当の実在は決して壊れることはないのだ。
だから安心して壊せばいい。

本当のあなたは決して傷つかない。
2004年05月25日 07時03分53秒 午前3時30分
十字架のようなものに架けられて、すべての自由をはぎ取られたまま
あなたに少しずつ命を奪われてゆくのなら、
それはまた、幸せなことに違いない。
2004年05月23日 06時28分58秒 最後の扉
あなたが私の最後の扉を開けようとするとき、
私に「嫌がるな」と言うのは無理な話です。
私が「どうぞ開けてください。」と言わない限り、あなたがそれを開けないと言うなら、
あなたはそれを永遠に開けることができません。

私は最後まで、「どうか、そこだけは開けないでください。」
「お慈悲だから、そこだけは勘弁してください。」
と言い続けるしかないのです。けれども、本当はそれでもあなたに開けて欲しい。
その矛盾は、私ひとりではどうしても解決することができないものです。

でも、本当はあなたもそうしたいのではないですか。
私が従順に「どうぞ開けてください。」と言ったら、あなたはつまらないのではないですか。
無理強いすることに、歓びを感じるのではないですか。
それがあなたの「残虐性」を満足させるのではないですか。

だから、あなたが一番嫌う「残虐性」は、本当は必要不可欠なものなのです。
あなたひとりでは決して解消できない、どんなに押さえつけてもなくならない「残虐性」は、私の最後の扉を開けるときに是非とも必要なものなのです。


私はあなたと私が最も近づいたとき、一度だけあなたがそのような残虐な目で私を見たことがあるのを思い出します。

私は口では「嫌だ」と言っても、実際には抵抗することができないでしょう。
あなたが、最後の扉を開けるのを止める力はありません。
あなたに身をまかせることしかできません。
あなたが扉を開けるとき、私はとても痛がって泣き叫ぶことでしょう。
でも、あなたが私を抱きしめてくれるなら、どんな痛みも乗り越えることができます。
どんな苦しみも、どんな恐怖も、あなたが抱きしめてくれさえすれば、
簡単に突き抜けられることでしょう。
私は自分の最後の扉を開くために、絶対的にあなたを必要としています。


扉の先に何があるかですって?
そんなことはわかりません。
あらかじめ何があるかわかっている扉を開くことには大した価値はありません。
何があるかわからない扉だからこそ、開く価値があるのではないですか。

きのう、ある人に「あなたはどうしてそんなことができるのか」と聞かれました。
何がそうさせるのかと。
考えてみたら、私が今までしでかしたすべてのこと、
それはあなたに会いたいという一心でやったことでした。
すべてのことは、ただ、あなたに会うためにしたことなのでした。
2004年05月21日 23時10分49秒 台風一過
台風一過の青空が広がって、9階の私の部屋の窓から富士山が見えることに初めて気づいた。

初めて、紅花の口紅というものをつけてみた。とても綺麗な色だ。
口紅をつけたのは結婚式以来かな?
2004年05月19日 11時35分05秒 月○の夢
久しぶりに月○が夢に出てきた。
会議のような場所で何か説得していたが…
よく顔を見るとやはり別人。
あーあ、また、代理人か!
でも、メッセージが彼に伝わったような気はする。
2004年05月17日 09時39分39秒 いかようにも…
私をいかようにでもなさってください。
あなたのお好きなように。
私はただ何もせずに、すべてを受け止めましょう。

あなたがすべきことは、あなたのすべてを見せることだけです。
2004年05月17日 07時12分40秒 小鳥の夢
見捨てられ、無視されてきた小さな小鳥を保護して、水をやり、えさをやった。
どれほど渇いていたのか、汚れた水でもかまわず夢中で飲んでしまう。
慌ててはき出させて、介抱する。

今まで、押し殺され、ないがしろにされてきたすべての人の本音が、
だんだん外に出始めてきた。
2004年05月16日 16時28分20秒 相生
 韓国で今はやりの言葉は、「相生の政治」。今までの、お互いを打ち負かそうとする「相克」から、互いに助け合う「相生」へと変わらなければならないと、みな異口同音に言う。
 しかし、「相生」というのは、言葉で言うほど易しくない。お互いに少しずつ妥協しながら協力し合おう、というのでは、互いに対立していたときと何ら変わるところがない。自分を抑えて妥協し合うというやり方は、今までも幾度となく試みられてきたのだ。

 本当の「相生」は、抑えることではなく、解放することによって生まれる。開くことによって生まれる。
 心を開いて、相手を完全に受け入れるとともに、自分のエネルギーをも完全に解放するのである。そのとき、自分と相手が本当に補い合える関係であることを知る。
 相生の関係がつくれないのは、お互いに開くことが足りないからである。相手のことも完全に信用できないし、自分もまた信用できない。だから、完全に開くことができない。どこかで抑制し合っている。
 そうなると、自分から出ていくエネルギーは不完全なものとなり、相手が必要とするものと合致しなくなる。だから相手は、「そんなものは欲しくない」と言うのである。
 また、自分が心を少しでも閉じていると、相手がくれるものの素晴らしさを理解できない。だから相手に対して不満を抱くようになる。

 もともと、「相生」という関係は互いに合わせようとする努力によって成りたつものではない。むしろ、自分が持っているけれども自分には要らないものが相手にとって必要で、相手が持っているけれども相手には要らないものが自分にとって必要である、というごく自然な関係なのである。
 この世はそもそも相生の関係が成りたつようにつくられているのだ。だから、ただ、それが表に出られるように、われわれが邪魔しなければいいだけの話だ。

 いずれにせよ、お互いが完全に心を開き合えばすべては解決する。

 
2004年05月12日 21時25分38秒 リラックスの効用                 …ズイセツのおかけでよくわかりました。
 レッスン中に、休み時間があると、だれてしまって、その後運動を再開するときに決まってバックを始めて言うことを聞かなくなる馬がいる。だから、その馬に乗っているときは、休み時間でも気を抜かないようにして、いつでもすぐに走り出せるように身構えていたのだが(あまりうまくいかなかった)…
 今日は生徒がひとりだったせいもあって、休み時間に指導員と楽しくおしゃべりしてしまい、すっかりリラックスしてしまった。さて、そろそろ気合いを入れ直して走ろうか、と思ったら、なんと馬がさっさと軽快に走り出すではないか。そうか、馬もリラックスして気持ちがよかったんだな。だから、気持ちよく走り出したんだ…

 身構える、ということをそろそろやめるときが来たようだ。身構えて準備すれば、うまくスタートが切れるように思いがちだが、そうすると余計な力が入ってかえって思い通りに行かなくなるものである。
 むしろ完全にリラックスして、ボーっとしているときのほうが、身体はとっさに適切な動きをしてくれるものだ。でも、完全に力を抜くのはなかなか難しいことだ。人はいつも何かの準備をしていないと不安なのだろう。

 さあ、明日の心配を一切やめて、心も体も力を抜いてみよう。
 動こうとして身構えるのもやめよう。
 そうすれば、きっと今までできなかったことができるよ。
 出せなかった一歩が踏み出せるよ。
 
2004年05月11日 23時19分38秒 韓国式おみくじ
修学旅行に行ってきた息子が、おみやげを買ってきてくれた。
金閣寺で売られていたという、すべてハングルで書かれた韓国式おみくじ。

 以前、行き詰まって先が全く見えなかったころ、何度かおみくじを買ったことがある。
その度に驚くほど適切な助言が得られたので、おみくじは私にとって大変ありがたい存在だった。
 最近は特におみくじの世話になる必要性を感じなかったのだが、久しぶりに、開いてみたおみくじに書かれていたのは(もちろん、息子は何が書かれているのか知らない)…


第11番 大吉

 幸福を心に抱いたまま家業を興すならば、繁盛するであろう。

 自身の持つ天機(持って生まれた機知)を日陰に隠さなければ、
 名声を大きくとどろかせることができるであろう。

 雲に向かって弓を射る相である。少しの妨害もなく出世するであろう。

 目上の人の助けを得ることができるなら、さらに栄えるであろう。


 とてもありがたい言葉だが、韓国式の占いには付き物の「前提」がある。
「幸福を心に抱いたまま」「天機を隠さなければ」「目上の人の助け」
いずれも、今の私にとって本当に必要なことだ。

 何であれ、「幸せな気持ち」でするべし。幸せに感じられなければ事を起こしてもうまく行かない。
 自分を隠すべからず。自分の持って生まれた素晴らしさは、とかく自覚しづらいものである。それはむしろ、他人に見せるのが恥ずかしいと思いがちで、隠してしまいたくなることが多い。けれども、どんなに恥ずかしくてもありのままの自分を隠してはならない。それこそが、「自分自身の天機」なのだから。
 今の時代は世代間の葛藤が激しい。特に年を取った人たちは、新しい変化によって長年のやり方を否定されるのを大変嫌がるものである。けれども、彼にもまた、その変化の重要性を理解してもらわなければならない。そうしなければ、みなが幸せになることはできないのだから。「彼らにはどうせわかってもらえない」などと決めつけてはいけないのである。

 今度もおみくじはまるで計ったように正確な助言をくれた。でも、これはきっとすべての人に当てはまることなのだろう。
2004年05月11日 08時08分11秒
私が最も美しかったのは、あなたの前でひれ伏していたときのはずなのに…
2004年05月09日 20時30分50秒 記念日
今までうまく行っているかのように見えた人たちが、みな窮地に陥っている。

今、噴出している問題は、決して今に始まったわけではない。
それは隠れていただけで、ずっと前から存在していた。
ただ、その問題を根本的に解決しようとすれば、お互いの関係が壊れてしまう危険性があるから、関係維持のためになるべく見ないようにしてきただけだ。
でも、もうそういうわけには行かなくなってしまった。

お互いに妥協し合い、ごまかし合って、何とか関係を維持できた時代は終わったのだ。
問題に真正面からぶつかって、それを完全に解決するか、さもなくば、関係を完全に破綻させるか、どちらかしかない。

それと同時に、今まで離れていた人たちにも近づく変化の兆しが見え始めている。
彼らにとっても、本当に幸せになるための正念場。

このふたつの動きは、同じ変化の表と裏である。
本当の解決は両者同時に起こる。

結局、この世にひとりでも不幸な人がいる限り、誰も幸せにはなれないということなのだ。
この世の人すべてに、幸せになる責任がある。
自分が幸せにならないこと=他人を不幸にすることだから。

だから私もそろそろ幸せにならなくてはね。


今日が何の記念日か、あなたはもう忘れたかな……
2004年05月08日 03時32分45秒 私であること
周囲が私に期待する、ありとあらゆる責務を放棄しても、
私が私であることさえできれば許される。
なぜなら、それがすべての問題の根本的な解決だから。

私が私であることは、それほどとてつもないこと。

「それはあなたのやり方でしょう。私には私のやり方があります。いろいろな考え方、
生き方を容認すべきです。」
と言う人がいる。
どうぞご自由に。気の済むまで、なさってください。

ただ、あなたが、
「問題の完全な解決は不可能だが、少しでも解決に近づくために努力することにこそ、
価値があるのだ。」
と信じて、問題解決のために日々努力しながら生きているのだとしたら、
私はあなたに、あなたの人生の無意味さを突きつけることになります。

私が私であるとき、動じないでいられるのは、
今自分がしていることを心から楽しんでいる人、
一瞬一瞬に幸せを感じながら生きている人。
自分の中からあふれ出す愛を形にして、何かを創造している人。

だから、どうか問題解決のために生きるのではなく、
幸せを感じるために生きてください。
創造する人生を生きてください。
2004年05月07日 04時45分11秒 信頼しているのではなく、
私はあなたを信頼しているのではなく、
あなたに身を任せるしか能がないだけなのです。
私には他の選択肢はありません。
2004年05月06日 22時43分09秒 ペ・ヨンジュン
今朝ペ・ヨンジュンが夢に出てきた。
その内容は、さすがの私でもここには書けないようなものだったが…
(決して、悪い夢ではありません。)

彼が日本に及ぼしている影響の大きさに、正直言って驚いている。
彼は私と同世代の中年女性のハートを完全につかんでしまった。
そして、知らず知らずのうちに意識の変革を引き起こしている。

今まで、無難に、可もなく不可もなく生きてきた人たちが、
本当の幸せとは何かに目覚めようとしているのだ。
今はまだ、それはドラマの中の(空想の)世界で起きていることだが、
やがてそれが現実のものとなって彼女たちの前に現れることになる。
それはとても衝撃的なことだ!
果たしてそのとき、怖じ気づかずに受け入れることができるだろうか。

私がペ・ヨンジュンの主演ドラマを見たのは、1999年「愛の群像」が最初である。
特に彼のファンであるというわけではないが、「愛の群像」は素晴らしくて、何度も見ては涙を流した。

本当に愛し合うということが、どんなに困難なことか。
本当の愛は真実だから、周りのすべての嘘を暴いてしまう。
それは、平穏無事を願う周りとっては、大変迷惑なことなのだ。
彼らの愛を認めれば、自分の嘘を認めざるを得なくなってしまうから。
けれども本当の愛は、最終的には周りもすべて巻き込んで幸せにしてしまうものなのである。
そのことをどこまで信じ切れるか。

ペ・ヨンジュン扮する青年が、一時、周りの圧力に負けて、彼女に対する愛を切り捨ててしまおうとする時期がある。そのときの彼の様子は、まるで私の彼そのものであった。昨日とはまるで別人のような、氷のように冷たい態度。でも、そのような選択は、激しい葛藤を生み、彼の心も体もむしばんでしまう。一旦そこに落ちると、抜け出すのは非常に難しい。
とても心が痛んだ…

手遅れにならないように、どうか、手遅れにならないように… 
そう祈りながら見ていたことを思い出す。
2004年05月05日 15時39分21秒 手放すこと
今、私の周りのたくさんの人が、一斉に「手放すこと」を迫られている。
いよいよ覚悟の決めどき。

でも、あなたはひとりじゃない。
同じような目に遇っている仲間がいっぱいいる。
だから勇気を出して。

本当に大切なものは、すべてを手放さないと手に入らない。
たったひとつでも、握りしめているものがあってはいけない。
たとえ、それがあなたの最も大切なものであっても、
握りしめていたら、決してあなたのものにはならない。

覚悟を決めて、すべてを手放したとき、
あなたにとって本当に大切なものが、完全にあなたのものになる。
それが、あなたの最も大切なものと一致するかどうかは、
神のみぞ知る。

いずれにせよ、確実に言えることは、
すべてを手放す覚悟さえ決まれば、あなたは本当に幸せになれるということ。

それがあなたの望んでいた幸せではないとしても。
2004年05月05日 07時08分08秒 天気
ようやく私も、天気予報ではなく、自分の判断で動けるようになった。
天気も思い通りになってくれる。(まだ息子の域には達していないが…)
2004年05月04日 05時10分49秒 「何もしない」
「何もしない方がいい」と言うと、ときに大きな誤解を招くかもしれない。
「何もしない」ということは、裏返せば「何でもできる」ということである。

とにかくすべて人の言いなりになって、じっと耐えていることが「何もしない」ことではない。それはただ、「何もしないようにしている」だけ。
完璧に守りに入っている。

「何もしない」というのは、ある意味では非常に攻撃的である。
自分を一切守らないのだから。

その見極めはしばしばとても難しい。
本当に自分は「何もしていない」のか。
それとも、「何もしないようにしている」だけなのか。

自分の中で何か言い訳をしているときは、間違いなく、守りに入っている。
だから、いつも自問自答する。

「言い訳していないか。」
「守りに入っていないか。」

ウン、とりあえず今は守ってはいないようだ。
でも、これから「何もしないでいる」のは、かなりの覚悟が要りそうだな。

外はまた嵐。
2004年05月03日 07時47分34秒 Happy Birthday to You !
今朝の夢。

ふと見ると、すぐそばでハイエナの群がたむろしている。私たちが彼らを見ると、
彼らもまた、じっとこちらを見ている。ちょっと危険な感じがして、

「気にしなくていい。心配しなければ大丈夫。」

と言って、また、何事もなかったかのように話し始めると、
彼らもまた、私たちに対する関心を失って、自分たちの獲物を分け合って食べ始めた。
肉食のはずなのに、野菜も食べている?!

ハイエナ…最も狡猾で、獰猛なものの象徴。
彼らもついに手なずけられた。


今日は憲法記念日。
改正派、擁護派の議論がかまびすしい。
一度、じっくり読んだことがある。
とてもいい文章だった。
でも、本当はこれも必要ない。

人が、自分たちが作り上げた秩序をすべて捨て去るとき、
そこには厳然たる(本当の、自然の、神の)秩序が存在する。
それはどんなにあがいても、決して踏み外すことができないもの。
だから、何も心配いらない。
ただ自分の本性を信じることができればいい。
2004年05月02日 03時38分33秒 本当の快感
本当の快感とは、実に不快なものだ……

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